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落語と芝居と人間感情と

昨日は知り合いの芝居を観に渋谷へ。

わりと有名な脚本らしいけど、僕は全然知りませんでした。

 

感想はまあ、おもしろかったです。

ただ、せっかく役をもらったのなら、

もっとその役の背景とか、自分で想像してやればいいのにって思った。

 

その後、演者の人と飲んだのだけど、いろいろと裏側を教えていただき、

とてもおもしろかったし、参考になった。

その人は落語も好きで、子別れと芝浜の奥さんはどうして夫のことを好きになったのだろうとか、なんであの俳優はあんなふうにできないんだとか、

実際に自分が観た芝居の感想を直接演者にぶつけられる機会ってあんまりないよなと。

 

とてもいい経験でした。

 

芝居を観ていて、やっぱり自分はやるなら1人でできる落語がいいなと実感しました。

三三さんの独演会にいってきます

このブログのアカウント用に、Twitterのアカウントを作ったのだけど、

すぐにロックされてしまうんですよね。

電話番号認証してないから仕方がないのかもしれませんが。。。。

 

前も似たようなこと、というかそのまんまのことが起こったんですが、

やっぱりIPアドレスとか端末情報とか握られているんだろうな。

 

まぁそれはそれとして。。。

 

これから三三師匠の独演会にいってきます。

久しぶりの湯島。

 

楽しみだ!

立川談春の九州吹き戻しが好きだ

九州吹き戻しっていう噺は、

そんなに笑うところはないんです。

 

でもね、好きなんです。

今まで聴いたことがあるのは、立川談春立川談志五街道雲助

と、いうか、これ以外の人がやってるのかしら???

 

とくに談春の、喜之助の感じがすごく好き。

調子がよくて、んで調子に乗っていろいろ失敗するんだけど、

だけど憎めない。

人から愛される。

そんなヤツ。

 

飲み屋で会話する時は、喜之助さんを意識して話してみようかな笑

 

接するキャラを変えてみること

昨日は知り合いとキャバクラにいってきました。

どうもああいうところは苦手で、自分じゃ行こうって思わないんですが、

落語やってると吉原の噺とかあるし、

ああいうところで働いている人と話をしてみたら芸の肥やしになるのではと思い、

キャバクラに詳しい知り合いに連れて行ってもらいました。

 

結果、芸の肥やしになったのかどうかはわかりませんが、

噺のネタにはなりました。

 

お姉さんたちはどんな話してくれるんだろうと思ったら、

あんまり面白くはなく、こっちが勝手に気を遣ってしゃべるみたいな展開に。

2時間位いたと思うんですが、もう15分位お姉さんが変わるから、

妙に疲れてしまいまして。

 

途中から、お姉さんが変わるたびにキャラを変えていました。

ひたすら丁寧に接してみたり、偉そうに接してみたり、

もうとにかくコミュ障みたいに接してみたり。

 

ところが意外にも、コミュ障みたいに接したときが、話が一番盛り上がったのです。

いや、盛り上がった気がしていただけかもしれませんが。

 

接し方を変えているとこちらもようやく楽しめるようになり。

よかった。よかった。

 

ただまぁ、安くはないお金を払って、こっちも気を遣ってしゃべらないと

いけないなんて、なんかバカバカしいなって思ってしまいました。

 

なぜかそこから、もうどんな場面でも気を遣うのはやめようっと思ったのです。

人の反応はわからない

趣味で落語をやってるんですが、

よく老人ホームとか、デイサービス施設でやることが多いんです。

当然ですが、聴いてくれるお客さんはおじいちゃんおばあちゃん。

 

なんでかはわかりませんが、おばあちゃんはよく笑うけど、

おじいちゃんはあんまり笑いません。

 

先日もそうでした。

おばあちゃんにはまぁ受けるんだけど、

おじいちゃんにはあんまり受けない。

 

そのなかで、黙ってじーっと聴いていて、

ピクリとも笑わないおじいちゃんが一人いました。

 

全員の出番が終わって、お客様を見送っていたときのこと。

さっきのおじいちゃんが近づいてきて、

「私は落語が好きでね。きょうはおもしろかったよ!」

と言ったのです。

 

おもしろかったのなら、少しは笑ってよ。

って思ってしまいました。

 

人はおもしろかったら笑うけど、

おもしろいからといって必ず笑うとも限らない。

 

だまって反応無しで聴いているときでも、

ちゃんと聴いていて、中身も理解してくれていて、

満足してくれている。

 

思い返してみれば自分にもそんなときがあるなぁと。

 

寝ちゃっている場合は多分、本当におもしろくないんでしょうが、

起きて聴いているってことは、それなりに満足していただいているのかもしれない。

 

そんなことを思った一昨日の高座でした。